月刊「川崎清風霊園」第九回新元号は“令和”  昭和から平成へ元号変更の時、霊園事情はどうだったか

川崎清風霊園のスタッフの皆様にインタビューした内容を“終活Café編集部”がコラム風にまとめたのがこの「月刊川崎清風霊園」です


新元号が令和と発表された。

ニュースを見ると新元号について街の意見は様々だが、おおむね好評のようだ。

では昭和から平成に元号が変更された時はどうだったか。

当時は昭和天皇が崩御(お亡くなり)になり大変な自粛ムードでTV番組から街の街頭に至るまで一切の明るく浮かれた雰囲気はなく、新元号に対して良し悪しをコメントする、そんなムードもなかったと記憶している。

ではそんな時代背景の中、霊園事情はどうだったか。当時を知る方々にお話を伺ったところ、「当時はバブル景気も手伝ってか、新元号でお墓を建立した年(建年号)を入れる方が多く、石材店は大変忙しかった」と語る。

当時は昭和の習慣も色濃く残り、葬儀を行う葬家は地域社会に対して“家”として恥ずかしくないように執り行うのが習わしで、お墓にも末裔に対して恥ずかしくないよう一定の見栄を張っていたと聞く。

さて、平成から令和の時代はどうか。

この30年あまりで供養のあり方も大きく変わった。

昭和の頃とは逆に葬儀はこじんまりと家族だけで執り行う、“家族葬”といわれる小規模葬儀が都市部では盛んだ。家族形態も核家族化から更に進み、後継者のいない世帯、おひとりの世帯も増えた。こうした時代のニーズに霊園側もいち早く対応し、納骨堂や永代供養墓など多様な形態を生み出し、お応えしている。

 川崎清風霊園ではどうか。

斬新な試みとして今年女性向けの新区画をオープンする。

この区画には小川が流れ、英国式ガーデン調の庭園でおおよそ今までの霊園の雰囲気はない。女性には眠る場としても供養する場としても魅力的だろう。

見晴らしの良い武蔵野の高台の英国調庭園に眠る。人生の最後位は私もこんな場所に眠りたいものだと筆者(男性)ですら感じる。

 興味のある方は一見の価値ありだ。GWを含めて薫風の季節、散策がてらに見学してみてはいかがだろうか。


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